2010−7月
アッと驚くばかりだ。3億キロ彼方の小惑星「イトカワ」の砂を地球にもちかえった"らしい"「はやぶさ」。一方で、メキシコ湾海底の原油流出をまだ止められずに甚大な被害。おんなじ人間の科学なのだろうか。40年前、アポロが月に人間を送った時、コラムニストの山本夏彦さんが「何んのために月世界へ、月は見るものだ」と書いた。僕も同感だ、と思った。犬や猫にこれ以上超えてはいけない、行動範囲のテリトリーがあるように、人間が人間らしく安心して生きるには果てがあるだろう。
900兆円と言われる日本社会の借金、これも私たちの"結界"を軽々突破してしまったように思う。国民の一人一人に備わっている、危機感のブザーは鳴りっぱなしだ。それやこれやで情緒不安にかられる人も多い。
日本は梅雨入りとともに、選挙列島とかわった。政権覇権を競うのではない、くらしの"原理"をことばで競い合う季節にしよう。
(吉清)
5月、6月、7月と、新宿花園神社境内でのテント芝居が続く。
それぞれ、唐組、新宿梁山泊、椿組といった今なお元気なアングラ劇団の勢揃いだ。 私としてはすでに唐組「百人町」と新宿梁山泊の「ベンガルの虎」はクリアーして、7月の椿組「天保十二年のシェイクスピア」を残すのみとなった。
原作は作者の初期の戯曲、直木賞を受賞した前後(ちょっと後か)の作で、アングラ色がかなり濃厚な作品と勝手に思っているので、これを書いた時の作家と、現在ほぼ同年ぐらいの演出家との格闘が大いに見ものとなるはずだ。
井上ひさしの原作を、まだ若手に属する演出の西沢栄治がどのように料理し暴れるのか、ちょっと楽しみな7月になりそうだ。
(柴)
小さな子供たちが大人のいうことをよく聞き、あまりに素直なのに驚くことがよくある。「今の親は……」と批判をすぐに口にする高齢者もいるが、その意味では今の親のほうがよほどしっかり子育てをしている。ただ、大人しすぎる子供を見ていると、「わんぱく」という言葉が死語になりつつあるんじゃないかと心配になったりもする。
(一)
友人が派遣切りの憂き目に。と、言っても、彼奴めは某私立大教授の息子であって、齧る脛は屋久島の千年杉並の太さである。今日も「親父がまた新しいテレビ買ってきてさー対応に困っちゃうよ〜」などとのたまう。対応に困ってしまうのは此方である「腹を切れぺんぺん草め!」と罵倒すれば良いのであろうか。「いや、派遣切りの直後生ぬるい対応をするか」と仏心を出せば良いのであろうか。どちらにしろ、奴の派遣切りは、社会的な問題では無く、ごくプライベートな出来事なのである。
しかしまぁ、それは、それで安心感があるのも事実。このご時勢、普遍性は何より得がたいものである。
(太)
2010−6月
絵地図作家の村松昭さんに久しぶりのインタビュー。工房の場所を確認すべく電話すると、府中の大國魂神社周辺を詳細に描きこんだ絵地図がファックスされてきたのは、さすが。市川出身ということで、取材にうかがったのは、10数年前のこと。今回のテーマは、最新刊の絵本「日本の川 ちくまがわ・しなのがわ」を聞く。全長367キロ、日本一の大河「信濃川」の源流から河口までを鳥瞰した大作で、小学生の夏休みの学習参考に役立ちます。みなさん、川にもっと関心をもちましょう。
●「人形は顔がいのち」江戸で最古の人形の老舗・吉徳大光は来年創業300年をむかえる。市川在住の当主の「十二世山田徳兵衞」襲名を取材に。ホテルオークラ平安の間で500名が出席した大祝宴、あたたかい祝辞がつづいた。(吉清)
本誌連載の『真間に現れた老僧は誰』がいよいよ面白くなってきた。
この先どのように展開するのか、次号が待たれてならない。
読者からの反応も上々で、「毎号楽しみに読んでます」との声が多いから嬉しい。
なにしろ、あのジンギスカンが実は義経で(ここまでは聞いたこともあるが)、死を前に日本への帰国を果たし、市川の真間に現れる(かも知れない)のだから大変だ。
作者自身は荒唐無稽と言うが、奇想天外、波瀾万丈、疾風怒濤、空前絶後、古今無双と言葉を並べたい。
壮大な物語を、熊さん、八つぁんに横丁のご隠居をからめて進める落差がなんとも美味しい。(柴)
5月9日は、行徳ペンフレンドクラブが年に一度開催する「ジャパンデイ(日本の日)」。外国(中国、インド、アメリカ、モンゴル、トルコ、スリランカ、ミャンマーなど)からの方々を含む150名ほどが集まり、鮨、天ぷらを一緒につくって昼食。その後、日本人にとっても難問に協力して答えるゲーム。
みんな日本語が上手なのにビックリした。(一)
自分が一度通った道は忘れない。入り組んだ住宅地でも、大体チャリで1時間程度の道なら覚えているようである。しかし、道順を記憶しているわけではない。
例えば二股で迷った場合。自分の感性的にこちらを通ったであろう、という道を選択すると、然り、昔の自分はそちらを通っている。そこで行き止まりでも、ああ、「そうそう行き止まりでウゲェと思いつつ引き換えしたな、と思い出し、二股に戻り、「あまり、このブロック塀やら道幅やらが好きではない」と文句を垂れつつ、ああそうそうこっちだった、というような思考パターンを辿って行くわけである。つまり、自分は当時の感情の起伏を憶えており、それにそって進めば大概が正しいという事実が導き出され、大概のワンパターンな己の性に行き当たる。頭を抱える以外に、私に何が出来ようか。さりとて、冒険して違う道も選べないようである。(太)
2010−5月
井上ひさしさんの病状について、治療に時間がかかるんだろうなと、あらかじめの覚悟をせざるをえませんでした。暮れに本誌の連載「父と娘の往復書簡」原稿の件で鎌倉の事務所と話したとき、
「すべての執筆をストップして治療に集中します」との返事でしたから、あ、これはいつものこととちがうなと直感しました。しかし、肺癌がこれほど進行していたとは。
月刊いちかわ11月号・父井上ひさしが娘あやに宛てた原稿は、ご自身が力を注いできた「市川の読みっ子運動」をもっておわりました。
井上ひさしさん、娘・あやさんへのあたたかい励ましの書簡をながい間ありがとうございました。
心からご冥福をお祈りいたします。
多くの読者とともに ― 吉清英夫
4月14日、新国立劇場に井上ひさしの東京裁判三部作の一つ「夢の裂け目」を観にいく。
東京裁判のカラクリを紙芝居の物語に重ね合わせ、市井に生きる紙芝居屋さん一家それぞれの戦争との関わりを描く。重厚なテーマをわかりやすく笑いの中に訴える井上芝居の真骨頂だ。それを栗山民也の演出が丁寧に仕上げ、役者達が生き生きと演じる。
井上ひさしさんには、市川市文化振興財団で親しくお世話になった一人として、格別の思いで訃報に接した。
芝居を観ながら、芝居の感動と、在りし日の井上理事長の思い出が混じりあって、涙が出るは鼻水が出るはで、もう訳もわからずグチャグチャになった。合掌。(柴)
駅を降りた瞬間からお祭り満開だ。道路は通行止めにして、町内会や自主グループによる獅子舞やら大名行列やらなんやらかんやら100を超える演目が同時多発的にあちこち演じられている。桜がほころび、子供や大人が舞い、練り歩く。笛、太鼓。囃子。沿道や広場の車いすのおばちゃんたちも嬉しそうだ。地酒に馬肉ステーキ。きらびやかではないけれど、温かい南信の春の祭り。 (一)
暖かい季節。ようやく暖かくなって、冬に風呂に入ったような気分になる。
さて、この時期、夜、飲んで飲んで、「さみぃ」と目が醒めると、体調が微妙な感じになる。朝起きると、虫になっていた、というフレーズもこういう時に生まれたのであろう。
そんな按配で道を歩くと、熱に浮された様にフラフラする。風景はゆるゆるとし、道行く人は皆銭湯の湯船に浸かったような顔をして動き、猫は寝て、子供が走る、実に幸せな時間である。
そこから、世界は概ね3パターンに分岐する。風邪を引き、頭が痛くなって寝ている猫が憎くなる懊悩のパターンA。酒が残り気分が悪くなって穏やかな春の日差しより冷たい水をよこせと叫ぶパターンB。そして春の気温にあてられ延々とぼんやりしているパターンC。勿論、パターンCが最高だが、その日何も手につかなくなる、という問題がある。
社会性を保つなら大問題である、それを振り捨てれば極楽なのではあろうが……。
(太)
2010−4月
毎日、毎日おこる電車の人身事故。かわってしまった異常社会。3月は「自殺対策強化月間」だという。私たちの社会は、もはやこうした政治スローガンのとどかぬところにあるのではないか。こうした、お金や合理を追求してきた社会からはじきだされる、人、人は多い。だれしもが、人ごとではない現実にさいなまれる、不安感。
そうだ、今。「人は何んのために生きるのか」人間数千年の智恵、哲学や宗教にきいてみよう。インタビュー欄に。 (吉清)
朝早い待ち合わせがあったので、前夜に静岡に入る。これを機にB級グルメとして有名になった静岡おでんを地元で食べようという魂胆だ。はしごをしておでんを食べてみる。一番うまかったのは、昭和の香りの高い横丁の10席もない居酒屋と、翌日、郊外の肉屋の片隅で商っていたおでんだった。どっちも安くうまくて嬉しくなった。(と)
3月のある日、編集長と二人、某日本画家宅に招かれる。
招いてくださったのは画伯夫人の馥かおりさん。自宅のお茶室にお越しくださいとのことだった。
茶道の心得など皆無である客二人、かなり気後れしながら画伯宅へ。
前日まで続いた寒くぐずついた天候が、その日だけは嘘のように晴れて本格的な春が来たような一日になった。
丁寧で心温まるもてなしを受けた私達の気分もその日の天気のようで、帰途の足どりも軽かった。多謝。(柴)
4月と言えば、Ipadである。iPhoneの後継機、というかキメラ的進化を遂げた異端の鬼子、欲しいかと聞かれれば、欲しいに決まっているが、買えば買ったで扱いに困る、そういう機器であろうと思う。
まず重量は680gないし730g、サイズ24・3p×19・0pこれを常に持って使用する。730g、これはジワジワと来る重さである。買って満足、開封してドキドキ、使って感動、使い続けて辟易という感じの流れではないだろうか。隣の席の人が颯爽と取り出し、ネットやらを始めたら、控えめに言って微笑ましい光景であろうし、満員電車で使われた日には煩わしいことこの上なかろう。
次にOSだが、これはiPhoneと同じ物を使っている。想定される使い方は、寝ながらネット等。解像度が上がって動作が快適なら、書籍を読むのもアリ (アップルもそういうキンドル的な使い方を想定しているようでもある。) 動画も見やすいであろう。ただ、それならB5のノートやネットブックでも・・・。
結局、IPadの最大の魅力は、その未来感ではないかと思う。タッチパネル+ノートサイズのマルチデバイス。動作している動画見ると、物凄いワクワクする。大体、映画や、小説に登場する未来デバイスは使いにくいものである。例えば時計型の通信機なんて、一々手を口まで持っていくのか、とかマイノリティレポートのボディインタフェースなんて、重労働すぎて息切れするであろうとか。でも楽しそうだよね、そんなIPad。予約しましたはっはー (太)
2010−3月
駅前に乱雑に放置される自転車は、20年来どこの都市でも頭を悩ます問題でした。通勤、通学、買い物客が乗りすてていく自転車、一台が二台、三台とふえつづけ駅前は、火災になっても消防車も入れない、むろん美観上もよろしくない。しかも何日もおきっぱなしの人もいて、このマナーのわるさは手のうちようがありませんでした。とくに鉄道駅の多い市川は、主要駅の市川、八幡、行徳、中山周辺はすごかった。「回収してしまいますよ」と注意されても、「すぐ、新品買いますから」とうそぶく仕末でした。
そこに風穴をあけたのが市民運動の「元気!市川会」でした。
7年かけた彼らの活動が、今、ようやく実をむすびました。そのご苦労をメンバーに聞きました。
(吉清)
この冬はよく雪が降る。2月になっても、春の訪れを感じさせる淡雪というよりも粉雪が続く。「この寒さはまだまだ続きそうです」と天気予報士が言うとき、毎日寒くてこまったものだというニュアンスがあるように思うが、寒い冬が好きだ。手も切れそうな冷たい月を見ると、意味もなく「しゃんとしなければ」と思ったりする。冬は寒くていいのだ。(と)
大学時代のミニクラス会を行った。ほぼ全国に散らばる同級生のうち、東京近郊組に声をかけて集まろうという趣旨である。
おとなしい私がなんとなく幹事にさせられ、会場探しや案内状、メールのやりとりと、忙しい思いをするはめになった。
結果、10人ほどの同級生が集まり、話がはずんで時間を忘れた。
皆それぞれ多少の傷みはあるが、仕事やボランティアで結構忙しく動いているか、親の介護をしているかで、特に介護の問題には考えさせられた。(柴)
斬れないけど抜き身みたいだったギラギラの友人が、最近どうも丸い。まるで竹光である。で、君、君、悪いものでも食べたか、死期を悟ったのか、などと聞いてみると、祖母の遺産で1000万程懐に入る予定だという。1000万と来た。
「ヒト上科・ヒト科・ヒト属・ヒト種」いわゆる学名ホモ・サピエンスの性質に多大な変化をもたらす、社会的要素、それはつまり富である。
遥か昔。清貧がまだ尊ばれ宗教的熱狂にあった時代。富は共通認識として罪であった。やがてイデオロギーの時代になった現在は、富とは幸せとやっかみの相対的要素になっている。富は、既に罪ではなく、富があれば人は丸くなる事を見れば、富は人に愛を与える福音だとも言える。かつては登場人物がみな死ぬ話を書いていた小説家が急に人間愛に目覚めて児童書を書いたり、暗黒まっしぐらな話を書いていた漫画化がハッピーエンドに舵を切り始めたり、不良が頭を丸めて「アガペー」などといい始めたら、それは奴等が富を得たからである。富は人を幸せにする、資本主義万歳。富める皆様方よ、今にみておれでございますよ (太)
2010−2月
大陸とは地つづきだった。その頃から、気候、植物生態系、人間の往き来などのみこんで、ニッポンの文化風土はでき上がった。その後に、中国で発明された漢字が、インドの仏教や儒教と融けあい、寺院建築など技術をともなって、朝鮮を経由し伝わった。同じように北方から、ポリネシアからも。ニッポンの先達たちは、受け入れたアジアからの荒削りな前衛文化を自らの風土に合わせて再編集しながら、独自の繊細な文化に昇華させてきました。
ところで、今日、わが市川を文化・文学のまちと誇れるのは、一万年前の市川・縄文人文化につづいて、弥生、古墳、奈良、平安、鎌倉時代と、たえまない歴史的前衛の刺激をうけつづけてきたから。
そして、市川文学は、下総国府がこの地にあった古代、高橋虫麻呂や山部赤人によって詠まれた「真間の手児奈」が日本最古の歌集「万葉集」に所収されたゆえにでありました。
(吉清)
冬の星座オリオン座の一等星、ベテルギウスが超新星爆発を起こしそうだという。専門家によると爆発は一万年後かもしれないし、明日かもしれないという。爆発を起こすと昼間でも見られるくらい明るくなるらしい。
ベテルギウスは約600光年の距離ということで、今見えている赤い光は約600年前、室町時代に発した光ということになる。もしも600年前に爆発を起こしていれば、近々にも興味深い天体ショーが見られるかもしれないし是非とも見たいものだ。
宇宙のスケールには気が遠くなるような気がするが、一方見たくもない地上のごたごたからも目を離す訳にはいかないから疲れる。
(柴)
「はじめてオリンピックなので…」という浅田真央に驚いた。なんとなくもう、オリンピックでメダルをとっていたような気がしていたのだ。よく考えて みたら、4年前は年齢が数ヶ月足りなかったのだった。思い返してみると、前回のオリンピックでは、カーリングばかり見ていたような気がする。今回も新しいヒーローやヒロインがでるのだろうが、上村愛子にはメダルをとらせてあげたい。
(と)
正月に 『アバター』 を見に行った。自分が大人であると自覚している人間は眉をひそめ (立体SF冒険映画など、それ以外の反応はできまい)、良識ある人は苦笑し (ジェームスキャメロンの新作だって?という訳だ)、馬鹿と筋金入りのファンは小躍りして初日に見に行く、そういった映画である。
私は馬鹿の一人であった。幸いにも、もう一人馬鹿がおり馬鹿二人で喜び勇んで、川崎のIMAXシアターで2200円払って立体眼鏡を装着した。
ファンとは寛容な生物であり、エイリアン2と全く同じプロットでも微笑んで許容する。安心さえする。
馬鹿とは得な生き物である、三文小説そこのけのストーリであっても没入し歓声をあげ、見終える頃には内容なぞ覚えていない。そんな訳で私は二重の意味で幸せであった。がんばれキャメロン。
(太)
2010−1月
三つ巴、いや四つ巴の混戦となった市川市長選挙を制したのは、大久保博さんでした。9月の千葉光行前市長の四選不出馬をうけての、各候補あわただしい出馬宣言。
結果。
当選 大久保博(60)(無・新)
38、620
小泉文人(36)(無・新)
35、132
高橋亮平(33)(無・新)みんなの党、市民ネットワーク・市川推薦
34、739
一条 強(36)(無・新)
1、579
投票率29・96%
大久保博さんの抱負は、新市長12月25日スタートをまって、2月号にインタビューする予定です。
◎編集人のアリバイ63頁の続き。と、いうわけで、葉山修平、神作光一、秋山忠弥さんと一緒に市川市文学館について語り合いました。
(吉清)
外は寒いし、何処へ行っても混んでるし、新型ウイルスも蔓延しているだろうし、ということでお正月は寝正月にかぎる。間違っても人ごみの中には行きたくない。
しかし、世の中そうも言ってられない人達も多いわけで、特に元旦から仕事のある交通関係や郵便局、神社仏閣、ホテルやレジャー関連の皆さんには、本当にお疲れ様といいたい。
寝正月とは言っても飲んで食べてテレビを見て寝るだけでは芸が無い。ゆったりと過しながらも、やはり一年の計をたてることが肝心だ。
ぐうたらに過ごすのも悪くないが、せっかくの正月休み、有意義に使いたい。(柴)
あっという間に一年が終わり、また新しい年が始まる。年をとるごに歳月が過ぎるのが早くなるのは、年を経るごとに、それまで生きてきて時間の中の1年の割合が小さくなるから、という説がある。
つまり、10歳のときの1年は10分の1だが、50歳の1年は50分の1になるというのだ。納得できるようなできないような……。(と)
付き合いで、何度も初詣に行くのである。鶴岡八幡宮、浅草寺、靖国神社。こんなに行くと、ご利益の在り処はどこなのか、という話になるし b初aでも無い。つまるところ、ご利益なるものを信じて居ないのではないか。いや、信じて居なくはないにしても、軽んじているのではないか。子供の頃は、近所の神社に行く、去年の破魔矢やお札を納めて、新しい物をいただく、お神酒を飲んで正月を迎えるというコースだった筈。しかしいつの間にやら、どうだろう。
思い返せば去年にしても、
「行くぞ、飯もおごってやるぞ」 と言われれば 「行くでゲスか、寿司でゲスか?肉でゲスか?グヘヘ」 と卑屈について行く幇間めいた腰の低さ露呈しがちな己の行動を深く恥じ、新年に向け、気分を一新し初詣は一箇所を重い定める所存です。二箇所、三箇所行くとしてもそれは初詣では無いのです。神社仏閣に行った帰り飯を食うイベントなだけなのです。
(太)